こんな夢を見た。ふと気づくと私は郷里の我が家の外廊下に佇んでいる。いつ帰ってきたのだろうと不思議に思いながら外の景色に目を遣ると様子が普段と違う。家の前の坂道は一面水没していて、透き通った水の中を真っ黒で大きな鯱が何匹もうようよ泳いでいる。私はぎょっとして、海の見える方の部屋に行って窓から外を眺めてみた。寂れた港町は私の知らぬ間に大海に飲み込まれてしまったらしい、坂の上にある我が家を残して四辺一面の民家は水底に姿を消し、きらきらした海面が広がるばかりであった。水平線がずっと高い所にある。目の前を鯱が泳いでいるが、なんと人も二三人海水浴客のように楽しげに泳いでいる。鯱の肌をなぜつけて戯れている女性もいる。そんなことをしていては危ないと思った矢先に鯱が一人の腹に思い切り齧り付いた。血がわっと出る。それみたことかと思って私は手元の電話を手に取り救急に連絡した。誰かが電話に出たが、ノイズがざあざあ鳴っていてよく聞き取れない。大声で相手に話しかけてみる。

「人が鯱に咬まれました」

「(ノイズ)どれくらい咬まれたのですか――」

「腹を食いちぎられて、もう真っ二つになっています」

「(ノイズ)ではもう助かりませんね――、(ノイズ)救急に連絡しても無駄です――(ノイズ)警察を呼んでください――」

確かに救急を呼んでも仕方ない。しかし警察を呼んだところでどうにもならないのではないかとも思う。食いちぎられた人や鯱や我が家がその後どうなったかは分からない。